ふたり「還暦」の夏休み。

僕らは、今年還暦。ママは6月、パパは10月。
昨年から、ママが「来年は還暦旅行で利尻礼文に行きたいな〜〜」と。パパがSeakayak-tourで二度も訪れた礼文。Skiで六度も行った利尻。行きたいな〜と。
こども達がまだ小さかった頃、家族では両島とも訪れ、キャンプをして利尻岳も礼文岳も登っていたが、海のすばらしは体験してなかった。
その海とお花を愉しみに、「礼文トレッキング」をメインに考えた「ふたりキャンプツアー計画」だったのだが、、、
愛犬のCrumiは同行できないので、札幌のユウちゃんに預けるところから始まった「今年の夏キャンプ」。さてさて、、、。

天気予報を見ながら、3日も延ばして出発したが、礼文に着いても「霧と強風」。先ずは、ウニ丼で礼文気分を盛り上げるのだが、やはりお天気は変わらない。
背の低いチシマザサとイネ科の草本群落は、厳冬期に限らず強風雨寒冷地の厳しさが伺える。この夏の時期だけが一瞬の穏やかさなのだろうが、、、
翌日は今後のお天気回復を願って、島中を下調べすることに。最北のスコトン岬から最南端の知床まで隈無く調査。お天気になりますように!ん〜〜ダメですね。
3日目は諦めて、利尻にフェリーで渡り「味楽ラーメン」。昆布だしの利いた「焦がし醤油味」ですが、個人的には礼文の「花文」の岩のりラーメンがおすすめ。
4日目に勝負!と思っていたのですが、、、風も霧もまったく納まりません。キャンプ場から見えるスコトン岬方面は低い雨雲でまっ白です。
本降りの雨ではないのですが、初日からず〜っと湿度100%。テント内もジメジメして来て「来年また来よう!」と、テント撤収を決めた。
午後一番のフェリーを予約して、スコトン岬からの「岬コース」を少し歩いたが、やはりこれは無理をしなくても良かったかなという感でした。
我々は、遊びで来ていて「また来年!」で済むけれども、地元の人たちは、6月からこの暗天続きとのことで、漁にも出れず昆布も干せずで、心が痛みます。

7月末。今年の最強?のツアー「焼尻島への海況横断&天売一周」。一週前から毎日何度も海況波浪予想とWindityとにらめっこ。
則ちゃんと、29日に決行か30日か?のメッセンジャーのやり取りが日に日に頻度を増してゆくのです。
とにかく、28日の夜に羽幌に入って29日の朝に判断しようということになります。海況予報はまずまずなのですが、10〜11時には、南南西の風が6〜7m/sの予報。
今日か明日か?少し迷ったが、ウツミくんももう4時には到着して準備を進めてる。「よし、とにかく出よう!」
波打ち際に艇を移動していると、地元の人らしきオジさん:「どこまで行くの〜」パパ:「焼尻!」オジさん:「南西の風ふくど」パパ:「ふきますね」
出発してしまった。途中(羽幌と焼尻の中間位で)大型の漁船も近づいて来て「島行くのか?大丈夫か?風出るぞ!」パパ達:「大丈夫です」
根拠があった訳ではないが、漕ぎきるしかないと思っていた。風はある。うねりもある。時折白波をかぶる。でも、空も海も真っ青!
家を出発前に、ユウちゃんが言っていたフレーズを思い出した。「イイ遊びしてるわ〜このオヤジ達。」そうだ!この状況を楽しもう!
5時間強。焼尻港の手前でかなり手強い向い風が吹いて来たが、なんとか港に入り込んだ。通常、北海道は漁港にカヤックは入ってはいけないので、「風が止むまでの間」ということで了解をいただいて上陸。フェリーターミナル前の食堂で、サフォーク焼肉定食。旨旨。
風が少し納まって、白浜キャンプ場に移動、ここが今夜の幕営地だ。なんと三段山クラブ員のテレ館、岩さんがお子様とお母様といらしていた。
翌日も風波が強く、出発を1時間ほど遅らせて天売島に渡り、西側の断崖海岸を漕ぐ。武蔵水道は多少波高であったが、西側は天国のように穏やかだ。
復路は、フェリーで羽幌に戻る。ここでも許可無しには港内には入ることが出来ないので、フェリーにカヤックを積む予約をしてる旨を伝え了解を取る。
還暦でこのような「無謀?」なことをしていていいものか?自分は一人では計画しないだろうこの計画。誘ってくれた則ちゃんにウツミ君に感謝。

夏前から、ユウちゃんが「キャンプにいこう!」と。今年28才の次女。まだパパと遊んでくれるらしい。良いのか悪いのか。
小さなときから(ユウちゃんは0才から)毎年、夏は一週間くらいのキャンプに出かけていた。山か、海か、湖か、川か。目的を持ったキャンプ。
結婚をし、こどもを持ち、教育する?当時、自分はこんなことを常に言っていた「〝教育〟なんて出来ない。〝共育〟なら出来る。」
つまり、生まれて初めての「親」を経験する自分。初めての「たなか家の〝子〟」を経験するこども達。自然の中で「共に育とう!」ということだ。
ただのへりくつで、要するに、「自然の中に出かけていって一緒にいっぱい遊ぼう!」ということ。その中で、自ずと「大切なこと」が見えてくるだろう。
30年経った今、自分は「還暦」になったけれども、この想いは変わらない。
パパ:「ユウちゃん!じゃぁ〜!今年は釧路川を下ろうか!」ユウ:「うん!」

2017.8.18 papasdesign-たなかさだふみ