スキー登行+アイゼン&ピッケルで、カミホロカメトク山へ。

滑りが主目的ではない、頂上に立つことが絶対でもない。強いて言えば、しばらく使っていなかったアイゼンとピッケルでのんびりと歩いてみたくなった。カリカリのクラストした斜面にアイゼンの心地よいサクサク音を聞きながら、雄大な大雪十勝岳連峰に包まれたかった。と、ちょっと懐古的な趣を求めての、キザなフリしたおじさんたちのツアーなのだ。

 昨今の雪山は、パウダースノーを求め、かつ、誰も滑っていないエリア・時間を狙っての競争になっている。遭難・事故もそんなことが、一因であることは否めないと思う。自分もそんな中にいたような気がするが、2〜3年前から「なんだか違う?」気がしていた。 冬山は白ければ、ただそれでいいのだ。

 二十数年ほど前、バブル景気の中、スキー場も全盛期。多くの人たちが毎年競うように道具もウェアも買い替え、ピステン(ラトラック)に均され、流行の曲が大音響で流されるゲレンデに興じていた頃、自分も長女(幼稚園児)を連れてそこにいたが、その時も「なにか違うな!」と感じていた。

 夏場には「カヌー」の自由さを手に入れていた自分。冬のフィールドはここではないなと。その頃、アメリカでは若者を中心に「原点回帰」の気運が高まり、ゲレンデでのアルペンスキーに疑問を感じ、自分らしさを求めて捜し、ひもといたのが、スキー発祥の地、ノルウェイのテレマーク・モルゲダール。「ソンドレ・ハイム」。そう、モダンテレマークの始まりなのだ。
 当時、アルペンスキーではプラスティックブーツがすでに完成形にある中で、あえて革靴紐締め、スキーは幅75mmのダブルキャンバー。この、限りなく頼りない道具で、人の力だけで「冬山に行く」。アルペンの道具、山スキーの道具で行けるところを、全て、このテレマークの道具で踏破しようではないか!と。 原点回帰だ!

 テレマークを始めた頃の、この、薄明光線のような想いが、いつしか自分も忘れてしまっていたような。大げさかもしれないが、そんな想いだった。もっと、テレマークは多様な自由な楽しみ方があるはず。何となくでも日に日に強く感じていた想い。
 そんなことをあらためて確認できたツアーだった。呼びかけに賛同して同行してくれた仲間と最高のお天気、何よりも「まっ白な」山に感謝。次は、当時の革靴&細板で、春の陽光を浴びながら雪野を歩いてみようと思う。

p.s. カズの写真をずいぶん使わせて頂きました。ありがとう。


2015.3.19 papasdesign-たなかさだふみ   mail to:papas-design@lion.ocn.ne.jp